消費者向けと医療従事者向けのサイト。両輪で進めるサンスターのコミュニケーション戦略


ファンマーケティング、D2Cなど言葉はさまざまだが、いま顧客と直接つながろうとする企業が増えている。この連載では、コミュニティをはじめとするPRM(パートナー・リレーションシップ・マネジメント)を実践するパートナー企業への連続インタビューにより、「なぜ直接つながる必要があるのか」「それに伴い企業は何を改める必要があるのか」を明らかにする。インタビュアーは花王で長らくブランドマーケティングに携わってきた弊社エグゼクティブ アドバイザーの石井 龍夫が務める。


今回の訪問先は、ハミガキ剤などを中心とする日用品メーカー・サンスター。同社のPRM戦略に特徴的なのは、2016年開設の一般のお客さま向けコミュニティ「Club Sunstar」に加えて、歯科衛生士などの医療従事者向けサイト「Club Sunstar Pro」を併設していることです。

利用者の持つ知識も、求める情報も異なる二つのコミュニティは、どのように連携しているのか。それによって生まれる価値とは、どのようなものなのか。デジタル戦略グループのグループ長・浜辺 康平さんと、主に「Club Sunstar Pro」の運営を担う戸邉 康介さんに聞きました。

「お客さまを知る」ための試行錯誤

——近年、ファンマーケティングやコミュニティマーケティングという概念で、顧客との良好な関係性を構築することの重要性が語られることが多いですが、まず、御社が「Club Sunstar」を始めた背景、継続的に取り組むことの意味をどう定義づけているかから伺えますか?

【浜辺】われわれがコミュニティに取り組む目的は、大きく分けて二つあります。

一つは、一般のお客さまに私たちの製品を気に入っていただくことです。そのためにどのように働きかけられるか、どのような価値を提供できるかにトライしています。具体的には、自社製品を知ってもらい、気に入って使ってもらうための情報発信をしています。そして、ロイヤリティにどのような変化があるかを購買量とNPSアンケートという二つの指標で測っています。

もう一つの目的は、私たちが会員の方々を理解することです。お客さまが普段、お口に関してどのような悩みをお持ちなのか。あるいは、どんな視点で私たちの製品を気に入ってくださっているのか。そうしたことをしっかりと理解し、さまざまな事業に展開していくことに取り組んでいます。

サンスターグループ マーケティング統括部 広告コミュニケーション部 デジタル戦略グループ グループ長 浜辺 康平氏

——お客さまが製品を買う理由は多種多様ですから「継続購買しているから即ロイヤルユーザー」とは言えないですよね。ロイヤリティというのは一つのデータでは測れないもの。複合的に見ていく必要があります。と同時に、企業側がファンクラブを作って囲い込んでいるつもりでも、お客さま側はそうは思っていないということも多いです。ですから、お客さま自身に能動的に「この企業と“お友達”になりたい」と思ってもらうことが重要になる。それこそがロイヤルユーザーであるとも言えます。ただし、そのためにはコミュニティ内に相応の仕掛けが必要になりますね。

【浜辺】それこそまさに、われわれが難しさを感じ、試行錯誤を重ねているポイントです。「Club Sunstar」では当初、コラムを作ってこちらからお伝えしていくことに取り組んでいましたが、それだけでは一方的なコミュニケーションではないかという課題意識がありました。

そこで昨年、お客さまにとって価値あるコンテンツとは何かと改めて考え、お口の悩みにお答えする「専門家に聞く!お口の悩みQ&A」を新設しました。口の症状のこと、セルフケアの方法、アイテム選びなど、寄せられたお悩みに弊社の歯科衛生士が答えるというもので、これまでに1500件以上のお悩みが投稿されています。

お口の小さな悩みでも気軽に相談できる「専門家に聞く!お口の悩みQ&A」

——お客さまが「このサイトを訪れたい」と思い、サンスターのことを気に入ってもらうきっかけを作ることに成功しているということでしょうか?

【浜辺】まだ始めたばかりということもあり、「専門家に聞く!お口の悩みQ&A」の存在を知ってくれている人はごく一部。会員を対象にしたアンケートでも「知っている」という人は5人に1人くらいの割合にとどまっています。

ただ、一方で「今後期待したいコンテンツ」でも最上位に挙がっており、まだまだ価値を広げていける余地があると思っているところです。

学習意欲の高いプロがやがて“伝道師”に

——御社は一般のお客さまに向けた「Club Sunstar」に加えて、歯科衛生士などの医療従事者向けのサイト「Club Sunstar Pro」もお持ちです。こちらを始めた背景は?

【戸邉】弊社ではもともと、歯科衛生士の方々に向けた「サンスターデンタルインフォメーション」をはじめ、医療従事者向けの自社サイトが乱立している状況にありました。必要な情報を探すのに過大なご負担を強いているということで、これらをワンストップにまとめる話が持ち上がりました。

「デンタルインフォメーション」には一方的な情報発信にとどまっているという課題もあり、もっとお客さまの声を聞いてコンテンツや製品をアップデートしていく必要も感じていました。そこで双方向のコミュニケーションができる会員制サイトとして立ち上げたのが「Club Sunstar Pro」です。

サンスターは、お客さまのお口の健康だけでなく、オーラルケアを入口として全身の健康に貢献することを推し進めています。そのため歯科医療従事者だけでなく、他の医療従事者の方々も登録できるサイトにしました。実際に医師や看護師、言語聴覚士など、さまざまな職種の方に登録いただいており、そうした方々に合った情報を発信しています。

主なコンテンツとしては、社内の歯科衛生士によるコラムや、オンラインのサンプル製品申し込みなど。このサイトができたおかげで、弊社の営業がいない地方の医療関係者の方々にもわれわれの提唱する治療方針を理解し、サンプルを知ってもらったり手にしてもらえたりする機会を提供できるようになりました。

さらに、そこから発展するかたちで立ち上げたのが「BIRマイスター認定講座」です。

サンスターグループ マーケティング統括部 広告コミュニケーション部 デジタル戦略グループ 戸邉 康介氏

——BIRマイスターとは?

【戸邉】われわれとしては、サイトを通じて多くの医療関係者にサンスターの考え方を理解していただきたいと考えています。そのためには、単に会員登録して終わりではなく、ステップアップしていくのがいいだろうということになりました。まずは会員登録してもらい、次にサンプルを利用してもらう。その先の最上位のステップとして位置づけたのが、BIRマイスターです。

サンスターが提唱する予防歯科の3ステップ「BIR」(B:Brushing=歯みがき、I:Interdental Cleaning=歯間清掃、R:Rinsing=洗口)の考え方をe-learningを通して学び、テストに合格した方を認定するというもので、2022年に始めました。

サンスター製品を用いてお口の健康のための知識を習得できる「BIRマイスター認定講座」

サンスターだけがいくら「BIR」と言っていても、患者さまにまではなかなか届かないのが現実です。この考え方を広く知っていただくには、患者さまと直接接する現場の歯科医療従事者の方々のお力を借りる必要があります。そこで、われわれの提唱する治療方針に賛同し、理解していただいた歯科医療従事者に、現場のハブとなってBIRの考え方を広めていただく。これがこの認定制度の目的です。考え方が広がっていけば、自然と関連する製品も拡散していくだろうと考えられますから。

ゆくゆくは院外に向けても発信していただける「BIRアンバサダー」を認定する構想もあります。セミナーや営業などで対面する機会のたびに、われわれの考えに賛同し、“伝道師”になっていただけそうな方を探しているところです。このように、いかに第三者を巻き込んでいくかが重要だと思っています。

——まさに弊社の考えるPRMの考え方を構想していらっしゃるのだと感じました。中でも興味深く思ったのは、対象を歯科医療従事者に限らないというところです。そのことの意味をもう少し詳しく伺えますか。察するに、歯科に限らない医療従事者にもオーラルケアに関する知識を持っていただくことで、全身の健康やウェルビーイングをサポートできる人を世の中に増やしたい、そのための知識を提供していく、ということでしょうか?

【戸邉】おっしゃる通りです。「Club Sunstar Pro」ではたとえば、糖尿病に関するコンテンツも発信しています。糖尿病治療の世界には当たり前に医科歯科連携という言葉があるように、糖尿病とオーラルケアには密接な関係があります。ですからわれわれとしては、糖尿病を専門とする医師の方々にはオーラルケアについて知っていただきたいですし、歯科医の方には糖尿病について知っていただきたい。というわけで、オーラルケアに限らない医療情報の発信を行っています。

さらに、会員の方々が糖尿病についてどういう関心をお持ちなのかをアンケートで聞き、それに合わせたコンテンツを発信することも、準備を進めているところです。

コンテンツでは、糖尿病のある人に対する歯周病治療の意義を解説している

——医療の世界はどうしても縦割りになっているので、医師の方々が専門外の知識を集める場所はそんなにないでしょうし、現状は積極的に集めにいこうという方もそう多くはないのではないでしょうか。そういった方々に積極的に学ぶ動機を提供し、実際に学んでもらう。そうやって背中を押す御社の試みは、非常に意義深いことだと感じました。

【戸邉】ありがたいことに、「Club Sunstar Pro」に集まる方は非常に学習意欲の高い人ばかりです。アンケートを取ると「こういう情報が欲しかった」と言ってくださる方が非常に多いですし、セミナーの参加率も高いです。メルマガは配信し始めて2年半になりますが、開封率は40%超、クリック率も10%を超えます。こうした声をコンテンツに反映し、さらに有益な情報として返すことに引き続き取り組んでいこうと考えています。

——そうした方々はコンテンツを見て学ぶためにサイトに集うわけですから、どんなコンテンツを拡充していくかが重要になります。その際にはおっしゃるように、お客さまの声から「何を求めているのか」という情報をいただき、そこから新たなコンテンツを作り出す、ネタにしていくことが大事です。アンケートに限らず、たとえばサイト上の行動データからニーズを推しはかり、それをコンテンツに反映することでさらに満足度を高めていく、といったことも必要かもしれません。

【戸邉】それに近しいこととしては、特定の製品ページを見た会員の方に対して、興味お持ちであろう製品サンプルの申し込みURLをメールでご案内する、といったことをすでに行っています。そこから実際にサンプルにお申し込みいただき、製品の採用にまで至った例もあります。このように、さまざまなかたちでお客さまの声を聞き、皆さまの背中を押すような取り組みを今後も行っていきたいです。

100周年を迎えたサンスターの歯科医院向けブランド「BUTLER」

情報のクロスが新たな価値提供の可能性を産む

——「Club Sunstar」と「Club Sunstar Pro」の連携については、どのようにお考えですか?

【戸邉】現時点ではまだですが、将来的にはやっていきたいと考えています。たとえば「Club Sunstar」の中で、「Club Sunstar Pro」に登録している歯科医療従事者に相談できるコンテンツを展開する、など。今はそこに向けて、BIRマイスターなどを通じて弊社の治療方針への賛同・理解を広める段階にあると認識しています。

——たとえば「Club Sunstar」の「専門家に聞く!お口の悩みQ&A」に寄せられる相談に対して、社員の歯科衛生士に代わって、BIRマイスターに認定された「Club Sunstar Pro」会員の歯科衛生士が回答する、といったことができれば、二つのサイトがうまく連携することになりますね。それこそが、お客さま自身がサンスターを肩代わりしてお客さまをサポートしてくれるという、最も美しい形のように思います。それは単に企業がお客さまをもてなして継続購買につなげるというのとは違う、さらに強力なものになるのではないでしょうか。「現場で治療に関わっている人がわざわざここへ来て、私の質問に答えてくれた」という体験は、お客さまが今まで以上に友達に伝えたくなる動機、すなわち会員数増にもつながるはずです。

効果的なサイト連携について語る、イーライフ エグゼクティブ アドバイザー 石井 龍夫

【浜辺】構想はいろいろとあります。たとえば「Club Sunstar」会員にBIRマイスターのいる歯科医院を紹介し、定期健診を促進するというアイデアもあります。

というのも、「専門家に聞く!お口の悩みQ&A」に寄せられるお悩みで最も多いのが「セルフケアの方法」に関するものなんです。オーラルケアについての関心も意識も高い「Club Sunstar」会員の方々でさえ、セルフケアの方法がわからずに悩んでいる。一方、衛生士側としても、セルフケアの方法を伝えるスキルやコミュニケーション技術の不足で困っているといいます。これは「Club Sunstar Pro」側のアンケートでわかったことです。

来年からは国民皆歯科検診も本格化しますし、両者をうまくつなぐことができれば、社会課題の解決にも、お客さまへの新たな価値提供にもつながるのではないかと考えています。

——二つのサイトから得られる情報をクロスすることで、双方のコンテンツがよりリッチになる。想定する提供先の違う別のサイトであっても、連携することで新しい気づきやチャンスが生まれるということですね。

【浜辺】これも「Club Sunstar」のアンケートでわかったことですが、セルフケアの数少ない「楽しい瞬間」は、定期検診で衛生士に「ちゃんとみがけていますね」と言われた時なのだそうです。逆に、一生懸命にセルフケアをしているのに「みがけていないですね」と言われることが悩みの種になっている、と。ですから、褒めてもらえさえすれば「悩み」が「嬉しい」に変わる。そういう瞬間をいかに増やしていけるかにわれわれとしても取り組んでいきたいです。

インタビュー後記
「PRM実践企業訪問」 第6回は、サンスターグループさまにお伺いしました。近年、消費財カテゴリーでの製品購入決定理由として、お客さまの口コミの影響度が高くなっていることを背景に、お客さまのファン化に取り組む企業が増えています。
一方で、「ファン化 = 好きになって貰う」、と解釈し、コミュニティ等でのおもてなしに注力する向きもありますが、私は 「好き」 という曖昧な概念をKPIにし、いたずらにお客さまの歓心を買うコンテンツを提供することのみに注力するのは間違っていると感じています。
重要なのは、自社の製品やブランドがお客さまに独自の価値や体験を提供できていて、それが継続使用の後押しになっているのかを計測し、その体験が推奨の明確な理由となってお客さまの具体的な行動を喚起できたかを把握することです。それこそがKPIとして設定すべき指標なのではないでしょうか。
このように考えるとお客さまとの関係性は、企業から情報や体験を提供するだけでなくお客さまから能動的に繋がりたいと思っていただく価値を提供することが重要になります。つまりは、企業とお客さまとの相互の対話は元より、製品やサービスが提供する体験の中から生まれる唯一無二の体験が信頼関係を構築するのだと考えます。
「Club Sunstar Pro」に参加することでサンスターさんのパートナーとなっていただいた医療従事者の皆さんにとっても、スキルを習得するだけで無く、専門家の現場目線でのコメントを活用していただけるということが価値につながり、さらなる信頼関係を形作るのです。
最後に浜辺さんがおっしゃったように、理想的なみがき方をお知らせし、実行していただいた結果として、歯科医で褒められたという経験は、お客さまの承認欲求を満たすものとなるでしょう。そして、さらにはそのような情報を提供してくれた企業への愛着や信頼に繋がり、好意的な口コミの醸成にもつながります。
つまりは、どうしたら 「気に入って」 いただけるのかを企業のビジョンやミッションに照らし合わせて考え続け、お客さまや医療従事者にとって有用なサービスとして提供し続けることが何よりも大事なのだと思います。(インタビュアー/石井 龍夫)
イーライフ エグゼクティブ アドバイザー 石井 龍夫
花王株式会社にて14年間、数々のブランドマネージャーを歴任。新規事業としてアジエンスも立ち上げ。2003年からweb活用戦略立案・企画運営に携わり、デジタルマーケティングセンターを設立。センター長としてデジタルマーケティング活動を統括。2017年イーライフ エグゼクティブ アドバイザー就任。
日本マーケティング協会マーケティングマイスター、日本アドバタイザーズ協会デジタルメディア委員会 委員、広告電通賞ブランドエクスペリエンス部門 審査委員長、早稲田大学 大学院経営管理研究科 非常勤講師、アドビ エグゼクティブフェロー、C Channel株式会社監査役に携わる、マーケティングの第一人者。

(構成/鈴木 陸夫)

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