マルハニチロ『Oishiine!!』経済価値と社会価値のはざまでコミュニティにできること


ファンマーケティング、D2Cなど言葉はさまざまだが、いま顧客と直接つながろうとする企業が増えている。この連載では、コミュニティをはじめとするPRM(パートナー・リレーションシップ・マネジメント)を実践するパートナー企業への連続インタビューにより、「なぜ直接つながる必要があるのか」「それに伴い企業は何を改める必要があるのか」を明らかにする。インタビュアーは花王で長らくブランドマーケティングに携わってきた弊社エグゼクティブ アドバイザーの石井 龍夫が務める。


『Oishiine!!(おいしいね)』は総合食品企業のマルハニチロが運営する老舗コミュニティ。前身の『スマート美食CLUB』から数えると10年間、同社と顧客をつなぐ重要な役割を果たし続けています。
看板商品のさば缶関連のコンテンツが人気で、昨年から今年にかけて会員数、閲覧者数が急増。ここに来てさらに成長を遂げています。時代が変われば企業が追求すべき価値も変化します。それに伴い、コミュニティはどう変わるべきなのか。それでも変わらないコミュニティの本質とは——。同社マーケティング部長の大和田 耕司さん、同部マーケティング課課長役の野口 知子さんに聞きました。

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経済価値と社会価値のはざまでコミュニティにできること
会社ぐるみでお客さまの「声」と向き合う

——『Oishiine!!』は、10周年を迎えてサイトの閲覧者数や会員数が急増していると伺いました。特に、看板商品のさば缶関連のコンテンツが人気だそうですね。

【大和田】イーライフの担当者さんの力もお借りして、サイト分析に注力しました。どういう視点で記事を作り、お客さまとどのようにコミュニケーションをとるか。一つひとつ向き合い、コンテンツに反映させていった結果が出たのかなと思います。おっしゃる通り、サバがキラーコンテンツになってくれています。

マルハニチロ株式会社 マーケティング部長 大和田 耕司氏

【野口】さば缶に関しては、サバジェンヌさん(全日本さば連合会の広報担当、池田 陽子さん)に大変ご活躍いただいています。開発・監修いただいたレシピがとても好評です。われわれメーカーが自社製品について発信しようとすると、つい力が入りすぎて手前味噌になってしまいます。サバの良さを熟知しているサバジェンヌさんのような方に、客観的な立場から代弁していただけるのはとてもありがたいです。

池田 陽子さん監修のもと、会員が考案したレシピを集めたレシピBOOKを作成した。展示会やイベント、営業活動に活用されている

——いまやテレビ広告を打っておけば万事OKという時代ではないですからね。いくら広告を打っても口コミがネガティブだとお客さまには買っていただけないですし、逆に口コミがポジティブであれば、広告なしで売れるものもある。お客さまの発言が企業広告と同じか、それ以上の力を持ってきていると感じます。

【大和田】「お客さまの声と向き合う」ことは、コミュニティに留まらない弊社の基本姿勢です。開発部、お客さま相談センター、中央研究所、そしてわれわれマーケティング部が部署横断で商品改善検討会を設置。非常にアナログですが、お客さま相談センターに寄せられた「声」の録音をみんなで聞くということにも取り組んでいます。「使いづらい」「読みづらい」「調理方法がわかりづらい」といったお客さまの声をもとに、優先順位を決め、各部署に改善の申し入れをします。

定期的に会を設け、役員も入って改善の進捗も共有しています。お客さまの発想には毎回、新鮮な驚きがあり、大変貴重なご指摘やご意見をいただいております。

——それは愛のあるご意見ということですよね。

【大和田】そうなんです。わざわざ電話してきてくださるということは、われわれへの期待の表れでもある。そうしたご期待にしっかりと応えられるよう改善していけば、新たな価値を作れるということです。弊社は消費者志向経営を宣言・推進していますが、その本質は、こうしたお客さまとの価値の共創にあると思っています。

マルハニチロのルーツは水産会社です。「世界の魚屋」と掲げていた時代もありました。魚は足がはやく傷みやすい。いかに安心して買ってもらい、おいしく食べてもらうかは信頼関係がものをいいます。それってお客さまの声を聞くことから始まるのではないでしょうか。

主管部署とはぶつかることも多いですが、根気強く議論して落とし所を探っています。

——魚屋さんと言えば、私も講師を務める早稲田ビジネススクールで「今のデジタルマーケは昔の魚屋さんがやっていたことと一緒だ」とよく話しています。というのも、当時は冷蔵庫がないから、魚屋さんとしては、魚河岸で仕入れた魚は全部その日のうちに売り切りたい。もちろんなるべく高く、です。そのためにお得意さんがどんな魚が好きか、どんな料理が得意か、前の日の献立はなんだったかなどをすべて頭に入れて、調理法と共に売り込んでいました。これは購買履歴や趣味趣向をベースに最適なコミュニケーションをする、今日のデジタルマーケティングそのもの。つまり、決して目新しいことではなく、マーケティングの保守本流なのだと言っているんです。

【大和田】われわれも似たような話をします。昔の魚屋は「今日は新鮮なイワシが入っているよ」「この時期は梅煮にしたらおいしいよ」などと、商品を売る際には必ず情報発信していました。逆にお客さまから「お刺身にいい材料は?」と聞かれて、食べ方までセットで提案することもあった。つまり、双方向のコミュニケーションがあったんです。

今、日本の魚の消費量が大きく減っていますが、その一因はこうしたコミュニケーションがなくなったことにあると思っています。お客さまのアンケートを見ても「魚の捌き方、食べ方がわからない」という声は非常に多いです。逆に、食べ方や捌き方まで案内している鮮魚専門スーパーは今でもすごく人気ですよね。

——過去マーケティングコミュニケーションと呼ばれていたものは、どれも企業からの一方的な情報発信でした。けれども、コミュニケーションというからには、本来双方向のやりとりが必要ということでしょう。お客さまとの間で、一歩踏み込んだキャッチボールができるかどうか。そして、コミュニティはそれにすごく向いていると思うんです。

【大和田】スーパーには古くから、1年間を52週に分割してその季節や行事に沿った販促を行う「52週提案」というものがあります。でも今は「桜が咲いたらみんな花見」「土用の丑の日はみんな鰻」という時代ではない。もっと多種多様な食生活になっています。

だからこそ、よりきめ細かく、個々の生活様式を把握するようにしないと。われわれメーカーは「発信して終わり」となりがちですが、おっしゃる通り、もっと踏み込んで見ていく必要がありますね。

価値とはお客さまが決めるもの

——『Oishiine!!』では「マルハニチロのお仕事紹介」というコンテンツが2022年からスタートしましたね。

【大和田】当社の売り上げは年間1兆円ありますが、そのうち消費者とダイレクトに接点のあるBtoCの売り上げは、実は1000億円しかありません。もちろん商品が最大のタッチポイントではあるのですが、マルハニチロという会社がどんなことを大切にしていて、何をやっている会社なのかを知ってもらうには、メディアによる後押しも必要です。

そこで始めたのが「マルハニチロのお仕事紹介」というコンテンツ。たとえば奄美大島にあるカンパチの養殖場とお客さまをオンラインでつないだクッキングライブ。また、アラスカのベーリング海でスケソウダラを獲っている漁船の映像を流したり。見ているだけで船酔いしそうな迫力満点の映像や「船の中に工場があるなんて!」など驚きの声が多数。おかげさまで結構な反響がありました。

ベーリング海で船上ですりみを加工する様子を発信したところ、「船上に工場があるとは驚きました。新鮮なうちに加工しているから美味しいんですね!」といった反響が寄せられた

——企業側からすれば当たり前でも、お客さまからすると新鮮な驚きがあるのでしょうね。

【野口】目に見えるものはコモディティ化しやすいので、工場で大量に生産される製品こそ、その裏側を積極的に見せていかないと。そうしないとわれわれの想いはなかなかお客さまに届きませんから。

主管部署だけではなく、開発や工場はもちろん、物流も営業も、弊社商品の応援団。みんなでお客さまに商品をお届けしています。このコンテンツを通じて、関わる人々の想いや熱量も届けていきたいです。

マルハニチロ株式会社 マーケティング部 マーケティング課課長役 野口 知子氏

【大和田】「マルハニチロのお仕事紹介」を始めたのにはそういう意図もあります。実は社内にも『Oishiine!!』の存在を知らない社員がまだまだいます。ですからこのコンテンツを通じて社内を巻き込み、『Oishiine!!』っていいねと思う人を増やしていきたい。そうしないとお客さまも「いいね」とはならないでしょうから。そのためにあえて、本社からは離れた養殖場や工場で働く仲間を優先的に取り上げるようにしています。そうすると「取材してくれるの!?」と言って結構喜んでくれるので。情熱を込めて語ってくれますよ。

最近ではその輪が少しずつ広がって、缶詰事業をはじめとした部署が積極的に協力してくれたり、こんなことを消費者へ発信したい、と相談を受けることもあります。コンテンツを考えるにあたり、われわれだけだとマンネリになりますが、想像を超えるような情報や発想をもらうこともあります。

——大事なことです。コーポレートブランドを作る上では、マルハニチロで働くすべての人がパーパスを理解し、体現している必要があります。ですが、それを実現するのは社長のスピーチだけではない。「お客さまがこんなにもマルハニチロのことを好きでいてくれているんだ」、あるいは「他の部署の人がこんな想いを持って商品を作っているのか」、そういったことを目にすることで、社員一人一人の姿勢は変わっていく。コミュニティを通じて、まさにコーポレートブランド作りに取り組んでいるのだと思いました。

【大和田】われわれの仲間は世界中で働いています。そういう人たちに年に何回かでもスポットを当て、単に商品やレシピを紹介するだけではなく、魚を獲るのがいかに大変かということや、資源を守る必要があることなども、お伝えしていきたいと思っています。

——この10年で企業を取り巻く社会環境やお客さまの意識が変化したことに合わせて、コミュニティで発信すべき内容も変わってきているということでしょうか。

【大和田】企業が経済価値だけでなく社会価値や環境価値を意識するようになってきています。では、そこでいう価値とは何か。それはお客さまが決めるものであって、企業が一方的に押し付けるものではないですよね。ですから、こちらが発信するものに対して、お客さまがどういう反応をしているのかを知る必要があります。そうやって尺度を合わせる、目線を合わせるのに、コミュニティサイトは重要なツールになると思っています。

われわれの社会価値や環境価値を意識した活動というのは、単にESG投資を呼び込むためにやっているわけではありません。お客さまのために、サステナブルに実行できているかが大切です。それをお客さまにも知っていただきたいですし、それに対してお客さまがどのような感情を持つのかを知りたいとも思っています。そうやってお互いのことを理解し合うためのツールにしていきたいですね。

社会価値はやり方次第で経済価値に結びつく

——具体的にはどのような社会価値を発信していこうと考えていますか?

【大和田】一つは健康です。食品と健康は切っても切れませんから。健康に関するコンテンツを来期に向けて構築しようとしているところです。ですがそのハードルは高い。たとえば健康増進法、薬機法などの法律的な問題があります。「この商品が中性脂肪にいいですよ」といった直接的な表現はできませんので。どういう建て付けでやっていくのがいいのか、イーライフの担当者さんとも相談して進めています。

マルハニチロが取り組むべき栄養改善とは何か。一番は「減塩」です。塩分の取りすぎは栄養学的に一番よくないとされています。日本人は平均で一日約10g摂取していますが、厚労省の示す基準は7g。この3gを減らすことにどう貢献できるかを考える必要があります。食品を開発する立場としては大変です。塩は一番安く、なおかつ味に大きな影響を与える調味料ですから。しかし、これを大きな社会課題と捉え、KPI化して全社的に取り組んでいく方針です。

——『Oishiine!!』のコンセプトといかに合致した形で発信できるかが重要になりますね。

【大和田】今はウェルビーイングが盛んに言われますが、この言葉には単なる身体の健康だけでなく、情緒的なところも入っています。例えば、健康のために、食品から無理やりおいしさを切り離してしまえばウェルビーイングは実現しないということです。「減塩=おいしくない」というイメージがあるのでしょうか、確かに「減塩」と打ち出すとモノが売れなくなる傾向があります。ですが、とあるスーパーでは、減塩したお惣菜であることをお客さまに公表せず売る実験をしました。結果、お客さまは誰一人として減塩に気づかなかったらしいです。

実は缶詰で減塩を実現しています。缶詰は良質なタンパク質が摂れ、DHAなどのオメガ3系の脂肪酸が多く含まれています。弊社では食塩あり・なしなど料理や健康、お好みに合わせてお客さまが選べるよう、ラインナップを広げています。
さらに缶のリサイクル率は90%以上。常温流通・常温保管が可能な缶詰は環境にもいい。
「おいしい」という価値はそのままに、缶詰が持つこうした可能性をしっかりと訴求していこうと思っています。実は缶詰の歴史は古く、ナポレオンの時代から存在していますが、われわれは「缶詰は未来食」だと思っているんです。

さば水煮缶の食塩不使用タイプ。サバ本来の味を楽しめると好評だ

——「おいしく食べる」というコンセプトはそのままに、健康的な価値も打ち出していくことは可能だということですね。一方で水産業界には資源管理の問題などもありますが、こちらは?

【大和田】たとえば、スケソウダラ生産ではアラスカが世界トップシェアですが、サステナブルに資源にアクセスするには、そこに住んでいる人たちのコミュニティを守る必要があります。われわれはそのために、住んでいる人たちとコミュニケーションを取り、協業する形で取り組んできています。これはカツオ漁の盛んなミクロネシアでもそうです。

国内でも同じことが言えます。養殖場や工場で働く人の多くはその地域の人たちです。われわれの商品は、そういう方々と協力して、みんなで作っている。そのことを知ってもらうことが大事だと考えています。コンテンツとしてコミュニティサイトで共有すれば参加者に環境や資源のことにも関心を持ってもらえるに違いないと考えました。商品だけでなくその裏側を伝える「お仕事紹介」コンテンツには、そうした狙いがあります。

【野口】スケソウダラは弊社の冷凍食品「白身魚タルタルソース」の原材料です。遠いアラスカの地域のコミュニティのおかげで獲れたものが、日本でお弁当のおかずとなり、お子さんや家族を笑顔にする。そこまでのストーリーをお客さまへ直接伝えることができるのが、コミュニティサイトの醍醐味ではないかと思っています。

——ESGもSDGsも、会社の本業と離れたところで取り組む企業が多いです。消費財メーカーがある日突然「植林をしています」と言ったとしても、お客さまからすると、つながりがよくわからない。それでは応援したくてもできません。一方でマルハニチロさんは、本業とすごく近いところでこうした取り組みをしている。それはすごく正しいことだと思います。

【大和田】社会課題解決というのは、やりようによっては間違いなく経済価値と結びつくと思っています。「食品と健康」なんて、まさにそのど真ん中ではないかと。ですから、現在の中期経営計画で定めたマテリアリティ(重要課題)のひとつに健康価値創造を謳っていますし、今後も強化していきます。繰り返しになりますが、重要なのは、それを商品として体現するだけでなく、いかに発信し、お客さまと共有していけるかだと思っています。

——健康、環境といったさまざまな価値をお客さまと共創していく。その重要な接点、核を担うものとして『Oishiine!!』はこれからも拡張していくということでしょうか。この先の活動にも期待しています。

インタビュー後記
「PRM実践企業訪問」 第7回は、マルハニチロ株式会社さまにお伺いしました。
イーライフとマルハニチロさまのお付き合いは、企業コミュニティ運営のご支援という形で10年以上に及びます。 しかし、10年という時間の流れの中で、企業環境やお客さまの意識変化を受けて、コミュニティ運営の在り方や、企業そしてお客さまがコミュニティに求めることも少しずつ変わってきています。
企業がコミュニティ運営に取り組む主な目的の一つとして、お客さまの「声」に耳を傾けることで、通常の調査などでは掘り起こすことが難しいインサイトを発見するということが有ります。同様に重要なのが、企業やブランドとの対話を通して、お客さまに取って有用な体験を提供することです。その結果として、企業活動や商品開発への「思い」を共有して頂ける方々がコアなファンになってくださるのです。
今回お話を伺って、マルハニチロさまは、今あげた2つの目的に加えて、コミュニティを通して社会課題解決にも取り組もうとしているように思われました。近年、地球環境や資源の問題・企業や個人の価値観の変化を背景に、企業が持続的に成長していくためには、環境に配慮しているか、安心して働ける環境を整備しているか、不正を許さない仕組みを構築しているか等、非財務的な要素に対する投資をしていかなくてはならないという考え方が広がっています。この考え方をESG経営と言いますが、マルハニチロさまは、ESG投資の方向性を企業活動のみならず、オンラインコミュニティや地域コミュニティまで広げているところが注目すべきポイントです。
地域の課題を現場ですくい上げ、まずは、そこで何が出来るか考え、他の地域コミュニティでの知見や実例を参考に企業が地域と一体となって対策を実行する。そして、オンラインコミュニティでは、お客さまと現状や課題を共有することで、企業が、そして個人が何を出来るかを考え、提案し行動するきっかけとしていただく。このような連係が、社会価値と経済価値を両立させていくのではないでしょうか。結果として、地球環境や水産資源の保全に対する意識が、「食卓」という日々の暮らしの一ページの中から、高まっていく。そんな、素晴らしい取り組みだと感じました。(インタビュアー/石井 龍夫)
イーライフ エグゼクティブ アドバイザー 石井 龍夫
花王株式会社にて14年間、数々のブランドマネージャーを歴任。新規事業としてアジエンスも立ち上げ。2003年からweb活用戦略立案・企画運営に携わり、デジタルマーケティングセンターを設立。センター長としてデジタルマーケティング活動を統括。2017年イーライフ エグゼクティブ アドバイザー就任。
早稲田大学 大学院経営管理研究科 非常勤講師、日本マーケティング協会マーケティングマイスター、日本アドバタイザーズ協会デジタルメディア委員会 委員、広告電通賞ブランドエクスペリエンス部門 審査委員長、C Channel株式会社監査役に携わる、マーケティングの第一人者。

(構成/鈴木 陸夫)

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